脱年齢

今年の初めに⽬標として
俊⾜を取り戻す
とここでも書いたが、もう⼀つ追加させてほしい。
    
それが
「脱年齢」

どういうことかというと、少し前に、サッカー⽇本代表の⻑友佑都選⼿がテレビ出演の際に話されていた⾔葉に衝撃を受けたのだ。

⻑友選⼿は36歳。
現役のサッカー選⼿としてはかなりのベテランで、⾁体的にもしんどいんじゃないかとの質問に
「年齢的に衰えるって脳が思った瞬間に、体がすぐに反応する。思ったら負け」

すんごいことを聞いてしまったと思った。
まさにこれは、今、⾃分⾃身が⾃問⾃答していたことであった。
しかも、わたしも長友選手と同じ1986年生まれの37歳。
最近、20代とは違うとか、疲れがとれないとか、周りに合わせて⾔ってしまっていた。
たしかに、そういう言葉を発したり、もう若くないと思ったりすると確実に体が反応している。
ぶっちゃけ、⾃分としては20代の⽅が疲れていた気がするし、10年前と同じことだって全然できるのだ。
なのに、⾃分⾃身でそう仕向けていたことに、⻑友選⼿の⾔葉を聞いてハッとさせられた。

そして、この話を少し前に、お世話になっている事務所の社⻑に話してみた。
すると当たり前かのごとく
「そうなのよ」
とおっしゃった。

正直、それまで何⼈かにこの話をしたのだが、たいていは
「いや、けど年齢は関係あるよ」
「実際、自分も⽼いてきている」
「それは⻑友選⼿だから」
という意⾒が多かった。
しかし、社⻑は、もはやそんなことは常識くらいの勢いであった。

そして続けて
「脱年齢よ」
と。

めちゃくちゃ響いた。

たしかに、年齢は一つの参考資料であって、そこにとらわれる必要はないのだ。
息⼦を産んで思ったのは、本当に個⼈差があるということ。
同じ⽉例でも個⼈によって全然違う。
そして、その⼈間が成⻑して⼤⼈になっているのだから、そりゃ年齢が⼀緒だからって、同じくくりにするのは不⾃然である。

なので、37歳というのはあくまでもデータと割り切り、年齢やカテゴリにとらわれず、⽣きたいものだ。

脱年齢、脱カテゴリー
これが今年のわたしの追加⽬標である。

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